サステナビリティとコロナ禍と〜変わりゆく農業の姿とは

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農業王国といわれるイタリアですが、近年は従来のオールドスタイルからの脱皮が話題になっています。若い世代や女性が農業に従事し、新しいスタイルを生み出そうとしているのです。とくに肥沃な穀倉地帯として知られる南イタリアでその動きが顕著になっています。農業の世界も量から質へと人々の価値観が移っている昨今。

変わりゆく欧州の農業を追ってみました。

35代以下の若者たちが農業に

バジリカータ州マテーラにあるレストラン内の売店。農業に従事する若者たちによる運営で、地元の食材が購入できる。(筆者撮影)

過去数十年、イタリアの農業は後継者問題に頭を悩ませてきました。ところが、ここ5年で農業界は大きな転換点を迎えています。

イタリア専業農家連盟(coldiretti)の調査報告によると、過去5年間において農業に従事し始めた35歳以下の若者はなんと5万6千人。

とくにイタリア南部でこの動きは顕著で、シチリア島とカンパーニア州内併せて1万2千余りの農企業は35歳以下の世代がイニシアティブをとっていることがわかっています。

若者たちの戦略は、より質が高くかつサステナビリティをベースにした農産物の生産販売にあり、コロナ禍の時代にあってもネットを駆使して利益を上げています。実際、この夏に訪れたバジリカータ州でも農業に従事する若者たちがレストランで地元産の食材の実を使った料理を提供し、その味に感銘を受けた観光客が食材をどっさりと注文する姿を目にしました。正攻法の戦略は、その品質と味に納得した顧客にとっても気持ちよく買いものができるメリットがあります。

よりサステナビリティにこだわる女性の農業経営者たち

農業に従事する若者が増えただけではありません。イタリアは今、女性が率いる農業経営が大いに注目を集めています。

2021年にG20の開催地となっているイタリアでは、よりサステナビリティを意識した開発や資金調達が不可欠となっています。こうした風潮の中で、なぜ女性の農業従事者が脚光を浴びているのでしょうか。

イタリアでは現在、110万を超える大小の農業経営者が存在します。そのうち3分の1にあたる36万の企業は女性の経営者によって率いられています。

女性たちが率いる農業経営の特徴に、より健全な農産物を生産することやサステナビリティへのこだわりがあげられるのです。つまり、量産して利益を上げるという閉鎖的な世界から脱皮し、バイオダイナミック農法や地産地消を提唱する経営者が増えてきたのです。これはコロナ禍の時代に入ってより輪郭がはっきりした特徴であり、人間と地球をより健全にという女性たちの希求が、戦略につながっているといわれています。革新と多機能。これが、女性農業経営者たちのキーワードです。利益だけではなく、ライフスタイルがそのまま企業の運営方針と直結しているわけですね。

町に登場した農地

ところでこのコロナ禍の時代、農業が街の景観にも変化を与え始めました。

フランスのナント市では、コロナ禍で仕事を失うなどして収入がなくなった家庭のために、市内の公園や庭園、空き地を使用して野菜の栽培を開始ししたのです。

「Paysages Nourriciers(滋養に富む景色)」と名づけられたこのプロジェクト、市内の50に及ぶ場所で野菜の栽培が行われ、最終的には25トンの野菜が収入の低い家庭に届けられます。

女性市長ジョアンナ・ロランが率いるこのプロジェクトは、貧しい家庭にお腹を満たすだけの食糧を届けるのではなく、栄養価が高く新鮮で質の良い食材を供給することが目的です。

今年の夏に収穫されたのは、ジャガイモ、ズッキーネ、トマトなど素人にも栽培が難しくない野菜です。また、秋や冬に向けてかぼちゃと豆類の栽培も開始されました。ボランティアや250人の庭師が協力したこのプロジェクトは、ロラン市長の呼びかけで市民全体を巻き込むレベルに成長させる目的もあるそうです。

市内の果樹園は中世からの伝統

中世の農作業の様子を描いた『健康大全(Tacuinum Sanitatis)』より。サクランボの収穫の様子。
画像 パブリックドメイン
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tacuin_Cerise07.jpg

実は、ヨーロッパの大都市にはかつての貴族のお屋敷やその庭園が今でのそのままの形で残っています。宮殿は国や市の役所として使われるいっぽう、庭園や公園は市民の憩いの場となることも少なくありません。

こうしたスペースを野菜畑に変えた今回のナント市の試みは非常に画期的ですが、実は市内で農作物を栽培する伝統は中世から存在していました。冷蔵保存の技術が存在しなかった時代、農民は市内にある貴族の広大な土地を間借りして、とくに傷みやすい果物を栽培し売りさばいていたのです。

歴史学者マリア・パオラ・ザノボーニ氏によれば、ミラノ市内の貴族の屋敷ではサクランボや枇杷、プラム、桃などの果物がまさに地産地消で生産販売されていたのだそうです。市内であれば水の便もよく、土地の所有者、農民、商人いずれにとってもメリットがあるサイクルであったことがザノボーニ氏の論文から伺えます。

パンデミックを機に変化していく農業

すでにCovid-19感染拡大以前から、イタリアをはじめとする欧州の農業は転換期を迎えていました。大量生産の時代から、環境を考慮した栽培法と質へのこだわり、そして生産から消費者へのルートが短縮されるなど、若者や女性たちが新しいアイデアを農業の世界に持ち込んで変革期を迎えていたといえます。

2020年は、まさにコロナに右往左往する年となりました。これを受けて、農業もこののち大きく変わっていくことが予想されます。柔軟な考えを持つ若者たちのパワーが、農業の世界で今後も生かされることを祈りたいです。

参照元

https://www.repubblica.it/green-and-blue/2020/10/20/news/il_ritorno_dei_giovani_alle_campagne_fa_piu_green_l_agricoltura_e_il_sud_e_in_prima_fila-271109308/

https://www.gamberorosso.it/notizie/in-italia-le-donne-sono-protagoniste-dellagricoltura-virtuosa-e-favoriscono-la-transizione-ecologica/

https://www.gamberorosso.it/notizie/paysages-nourriciers-50-orti-solidali-in-tutta-la-citta-di-nantes-per-far-fronte-alla-crisi/?utm_source=twitter&utm_medium=tw-post&utm_campaign=notizie_sito_2020&utm_content=orti-solidali-nantes

・『Medioevo』no.199 Agosto 2013 P.68

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